2012.3.11という日

今朝、朝刊を見ると
ほとんどが震災の記事だった。

信じられないことに被災地はもう日常に戻っていると思っている人がいたけど、メディアやブログで風化していないことを確認し、ほっとする。

被災地の現状を詳細に伝える新聞記事よりも、
喪ってしまった家族にあてたメッセージに大きな衝撃を受けた。
顔写真とともに、

「どうして逃げなかったのか」

まるで悲鳴のよう。
1万5854人という無機質な数字よりも、ひとりひとりの命の重みを痛感し涙があふれた。

お昼にテレビをつけても震災番組ばかり。
牧場の方が、餓死し無残な姿をさらした牛の前で泣き崩れていた。
被災したのは人間だけじゃない。
どうして、これほどの大惨事が起こってしまったのか・・・。

晩御飯のときにも番組を見て泣いている私に気づき、ダンナさんがさり気なくチャンネルを変えた。



震災から1年たったのに、
私にはまるで昨日のことのように思え、毎日被災地のことを思う。

人はまだ支援の手が届くけど、
自分で必要なことを言えるけど、
動物たちには為すすべがない。

何が起こってしまったのか分からず、
大好きな家族が自分の前から消え、
飢えに苦しみ、寒さに震える動物たちがどうしようもなく哀れだと思う。



「震災を忘れない」
というメッセージを見るけど、
私はその言葉に違和感を感じる。

だって何も終わっていない。
まだ震災は続いているじゃないか。

忘れない、いつかそう思える日まで
ずっと支援を続けていこうと決めている。



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